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東京地方裁判所 昭和31年(ワ)9692号 判決 1957年12月09日

原告(反訴被告) 上条賢衛

被告(反訴原告) 岩間清子

主文

原告(反訴被告)の本訴請求を棄却する。

反訴原告(被告)が東京都葛飾区下千葉町百一番地所在、家屋番号同町百一番の三、木造トタン葺二階建店舗一棟建坪五坪四合一勺、二階三坪七合五勺について所有権を有することを確認する。

訴訟費用は本訴及び反訴を通じ原告(反訴被告)の負担とする。

事  実<省略>

理由

一、昭和二十八年八月頃原告が売買により本件建物の所有権を取得したこと、被告が所有権保存登記の未経由であつた本件建物につき原告主張のように被告のため昭和三十一年七月十一日所有権保存登記を経由したこと及び被告が現に本件建物を占有していることは、当事者間に争がない。(右売買の売主が誰であるかについては、当事者間に争があるけれども、この点は本件の結論に直接影響するところがないので、論外とする。)

二、そこで被告が、その主張する如く、原告より本件建物の贈与を受けたかどうかについて検討する。

この点に関する被告主張事実中、被告がもと向島の三業地で芸者をしていたところ、昭和二十四年頃原告に身請けされ、原告と関係を続けている中、原告が飲食店の経営をしたいとの被告の希望を容れて、その店舗にあてさせるため本件建物を買入れ、被告が本件建物において飲食店営業を開業したことは、当事者間に争がないところ、公文書として真正に成立したものと認め得べき乙第一号証、同第二号証の一乃至三、同第三号証、同第四号証の一、二、同第五、六号証及び同第七号証の一、二、被告本人尋問の結果によりその成立の真正を認め得る乙第八号証及び同第九号証一、二並びに被告本人尋問の結果を綜合すると、被告は、本件建物につき前記の如く所有権保存登記を経由する以前から固定資産税その他公課を自ら負担してこれを支払つて来たほか、昭和二十八年九月中本件建物に電気及び水道工事等を施してその費用を支出していることが認められ、叙上各事実と被告本人尋問の結果とを合わせ考えるときは、原告は前述のような事情の下に本件建物を買入れた後直ちに被告にこれを贈与したことが認められる。もつとも原告と被告とが昭和三十一年五月初旬話合の上で従来の関係を解消することにした際に、被告から原告に対し同年同月十日限り本件建物を明渡すべき旨の書面(甲第三号証)を作成して原告に差入れたことは、当事者間に争のないところであるが、被告本人尋問の結果によれば、原告と被告との仲は、甲第三号証の作成される以前から不和となり、原告は連夜のようにおそく本件建物に被告を訪れて、被告に対して暴言をはいたり乱暴をしたりしていたが、甲第三号証の作成された当夜も例のように二人の間でいさかいが起つた末、原告は被告に対して右のような書面を差入れるべきことを要求したため、被告もやむなくこれに応じて甲第三号証を作成して原告に渡したことが認められ、更に被告本人尋問の結果により成立の真正を認め得る乙第十一号証及び同本人尋問の結果によると、原告は昭和三十一年十二月二十日訴外沢村某のとりなしで「本件建物は無条件で被告に差し上げる、今後は被告との従来の行き掛は水に流す」との趣旨の書面(乙第十一号証)を作成して被告に渡したことが認められるところよりみて、上掲当事者間に争のない事実からして、本件建物が原告から被告に贈与されたものであるとの前示認定を覆すことはできず、他に右認定の反証に供せらるべき資料は見出されない。

ところでここで一言触れて置かなければならないと考えられるのは、原告から被告に対する本件建物の贈与が公序良俗に違反することはないかという問題である。本件弁論の全趣旨によると、原告は妻がありながら被告との関係を続けていたことが窺われるのであるから、原告と被告との関係はいわゆる妾関係であつたものというべきところ、一般に妾に対して金銭その他の物を贈与することがその不倫関係の維持継続を強要するためのものとしてこれと不可分の関係に立つ場合には、右のような贈与はもとより公序良俗に反するものとして無効であるべきであるが、妾に対する財産的利益の供与がその生活を維持するに必要な範囲のものである限りにおいては、これをしも公序良俗にもとるものとしてその効力を否認すべきものではないと解すべきである。これを本件についてみるに、被告本人尋問の結果によると、原告が被告に本件建物を贈与したのは、被告が原告に身請けされてから、原告の営業するビニール製品の製造を手伝つたこともあつて、原告は、被告が原告と苦労を共にしてくれたとして被告に感謝する気持もあり、かつ、被告が飲食店を経営することになれば、将来の生活にも困らないであろうとの配慮に出たものであることが認められ、原告が本件建物の贈与によつて被告に妾関係を強要しようとした事跡を認め得る証拠はない。

してみると本件建物の所有権は、原告から贈与により昭和二十八年八月頃被告に移転したものというべく、そうだとすれば被告が本件建物につき被告のため所有権保存登記を経由したこと及びこれを占有していることによつて原告の所有権が侵害されるものでないことは当然である。

三、さすれば原告の本訴請求は理由がないのでこれを棄却すべく、これに反して被告の反訴請求は正当であるのでこれを認容すべきものとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八十九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 桑原正憲)

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